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ドワンゴの「ゆっくり実況」商標出願が認められなかった件

昨年5月にIPビジネスだよりで「『ゆっくり茶番劇』と商標制度の未来」と題した記事を配信しました。

「ゆっくり茶番劇」という「言葉(文字)」を、キャラクター創作者でない第三者が商標登録をし、さらに、使用料を求めることをSNSで宣言したことがネット界隈で議論になっているといった記事です。ご記憶の方も多いのではないでしょうか?

その後、ニコニコ動画を運営するドワンゴは、「『ゆっくり茶番劇』商標登録に対する弊社のアクションについて」と題したプレス発表を行い、この中で、「商標登録による独占の防止を目的とした商標登録出願」を行うと宣言しました。(出典:ドワンゴHP プレスリリース 2022.5.23

この言葉通り、ドワンゴは「ゆっくり実況」「ゆっくり解説」「ゆっくり劇場」と商標登録出願をしていたのですが、この度、特許庁から拒絶理由通知(このままでは、商標を登録できない旨の通知)があったとのニュースが流れました。(出典:IT Media NEWS 2023.2.16

さて、このニュースでは、特許庁から「商標登録は認めない」と言われているにもかかわらず、ドワンゴが「このような判断が示されたことを歓迎する」と述べていることに気づきます。普通に考えるとおかしくありませんか?

これは、そもそもドワンゴが何を狙って商標登録出願したかがポイントになります。つまり、ドワンゴが「ゆっくり実況」という商標を自分たちで独占したくて商標登録出願したわけでは必ずしもないと考えられる点です。この点は、ドワンゴが「拒絶理由通知で示されている内容は弊社の見解とおおむね一致している」と述べていることからも見て取れます。

今回、特許庁が「商標登録は認めない」とする理由は、端的に言えば、「『ゆっくり実況』という言葉は、『ゆっくり実況している』と普通に言っているに過ぎないから独占は認めない」と判断したというものです。

このため、これから別人が「ゆっくり実況」を商標登録出願しても、同様の理由で商標登録は認めないと判断される可能性が“極めて高い”といえます。これで、ドワンゴは「ゆっくり実況」という言葉を誰でも自由に使えるために宣言通り尽力したと胸を張れるでしょう。

ただ、注意しないといけないのは、前述の通り、「同様の理由で商標登録は認めないと判断される可能性が“極めて高い”」に過ぎないのであって、“絶対”ではないことです。

ひとつには、審査官は独立だという点が挙げられます。つまり、別の審査官は、独自の判断で商標登録を認めてもよいわけです。もちろん、審査基準は客観的ですが、商標審査は数字で割り切れるものではないのでブレる可能性も否定できないということです。

もうひとつは、「ゆっくり実況」という言葉をデフォルメしたり、イラストと組み合わせるなどしてロゴにしてしまうと登録される可能性はぐっと上がります。

もし、ドワンゴがこのような状況までを排除したいのであれば、特許庁の判断に異論を申し立てて争って、「ゆっくり実況」などの商標登録を勝ち取ったうえ、誰でも使って構わないと宣言することもできます。もちろん、争ったからといって、登録が認められる可能性は引くでしょう。時間や費用をかけてまで、サービス利用者のために、そこまでやるかは企業判断です。

この辺りの判断は、我々弁理士でもなかなか悩ましく一筋縄ではいきません。商標出願をお考えの際には専門家である弁理士の意見を聞くことをお勧めします。

 

(メルマガ「IPビジネスだより 2023年2月号」から転載)