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商標「安倍晋三」!?

商標「安倍晋三」が商標登録出願されていることご存知でしたか?

次の2件です。
商標登録出願:商願2023-66597
商標登録出願:商願2023-76608

気になるのは誰が出願したかですが、安倍昭恵(故安倍晋三夫人)さんです。つまり、故人の名前でビジネスというよりは、勝手に使われないための防衛的な出願と考えられるでしょう。

ところで、IPビジネスだよりでも何度かお伝えしてきたように、人の氏名を商標登録するには結構高いハードルがあります。原則「他人の氏名と同一」の商標は登録が認められないという商標法の規定(4条1項8号)があるからです。最近では、自分の名前をブランドにしているデザイナーが、この規定を根拠に商標登録を認められなかったなど話題になりました。

さて、ここで「安倍晋三」は氏名です。大丈夫なのでしょうか?実は、この出願、いろいろ興味深い論点を孕んでいます。

まず、この4条1項8号の規定ですが、その趣旨は「人格権の保護」と言われています。人格権は生存している人にしか認められませんから故安倍晋三首相については、この規定は関係ないことになります。

そうすると、商標「安倍晋三」を出願する場合、何も気にしなくてよいのでしょうか?他に気にしなければならないことはないのでしょうか?

実は、他にも、いくつか留意すべき点があります。

留意すべき点として、ひとつは公序良俗規程(商標法4条1項7号)です。歴史上の有名人の氏名を関係のない人や団体が商標登録しようとすると公序良俗に反すると判断されます。例えば、私が、「徳川家康」とか「坂本龍馬」とか商標登録しようとしても認められないでしょう。

「安倍晋三」が歴史上の有名人かどうかは議論の余地がありますが、近年では「角栄」が田中角栄を想起するとして商標登録が認められなかった事案がありました。ただ、今回、安倍昭恵さんは「関係のない人や団体」ではないので、この点はクリアできる可能性は高そうです。

留意すべき点のもうひとつが、氏名の商標登録を認めるためには、その氏名をもつ「他人の承諾を得て」いなければならないことです。特許庁の審査の運用では、同姓同名のすべての人の承諾が必要とされていました。前述のデザイナー問題は、これが原因になっています。

この特許庁の運用は現実的に無理だろうとのことで令和5年に法律が改正されました。その商標の使用をする分野において著名な氏名に限り承諾が必要となりました。著名人については、本人の承諾なく登録は認められないことになりました。

ただし、今回の商標「安倍晋三」の出願は法改正前ですので、改正前の法律が適用されます。果たして特許庁は全国の安倍晋三さんの承諾をとれというのかどうか。特許庁のどのように判断するか興味深いところです。

もうひとつ、全国に安倍晋三さんが何人いるのかもちょっと気になりますね。

 

(メルマガ「IPビジネスだより 2024年6月号」から転載)